花の命は短くて
年を重ねると何をするにも億劫になる。動作も鈍くなるし、それと連動して記憶の回路も瞬時には繋がらない。一言で云えば物忘れがひどくなったという事である。その反面、物言に対する観察力や想像力が鋭くなり、事象の表裏と成行等が見通せる様になる。功罪相半ばと云ったところか。浪々たる私でも“忙中閑”ならぬ“閑中忙”の日々の連続である。ほっとするのは夕食から入浴にかけての時間であり、至福の一時である。
何するともなくテレビをつけると、味気ない金属音に近い女の子のコーラスが耳を劈く。画面を見ると表面的には何の取り柄もない未成熟な女の子達が、腰をふり手足をあげて得意気に踊っている。いや単に動き回っていると云うべきかであろうか。某氏がプロデュースする今や人気絶頂の集団だそうだ。メンバーによる総選挙で主だった人が選ばれ、ステージでスポットを浴びる仕組みになっている。東京・名古屋・大阪そして海外でも結成され、その数たるや数百人にものぼるという。その全ての女の子を観察する程の酔狂さは私にはないが、察するに生き残れる資貭の持ち主はほんの一握りである。選ばれた人も、ここ2〜3年の間には泡沫の様に消え去るのが通例である。人生に於ける基礎的で且つ大切な中学、高校教育も満足に受けず、芸能界の厳しさよりもその華やかさ、甘さの匂いだけを嗅ぎ、心身共に未成熟なまま、売れ残った商品のように使い捨てられる女の子達の行く末を、人生に於ける一人の先達として憂いている。果たして、地に足のついた生活になじめるのかと。且つて一世を風靡した某プロデューサー率いる女性アイドルグループの手垢のついた風評を知るにつけ、一将功成りて万骨枯る(プロデューサーは名実共に得るものがある筈である)、花の命は短くて‥の感を深くする。「本人達が納得してやっているのだから‥余計なお世話だ!」と外野から声が聞こえてくるが、歌の文句のように「ここは黙って俺の声を聞け」と怒鳴りつけたい衝動にかられる今日この頃である。
株式会社 モイスティーヌ名古屋サロン
会長 蜂矢 貢





